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ミネルヴァ経営について
経営コンサルタントプロフィール
少しだけ、私のことを聞いてくださいますか
ミネルヴァ経営合同会社代表の上船(うえふね)美和です。
私の父は下請の自営業でした。
型枠大工といって、コンクリートを流し込む型を作るのが仕事です。
事務所はないので、家でよく図面を見ていたのを覚えています。
自営業には、定年がありません。
父は病気らしい病気をしたことがなく、70歳を過ぎてもまだ働いていました。
そんな父が、2003年7月、73歳でこの世を去りました。
仕事がある限り、週2日、3日でも働き続けるつもりでしたが、建設不況で、ぱったりと仕事が来なくなりました。
親方は仕事があれば、養う家族を抱えている30〜40代の人に優先的に仕事を回します。父の優先順位は最後です。
芋焼酎を飲むことと、クロスワードパズル雑誌で問題を解くぐらいしかこれといった趣味のない父は、仕事がなくなると、することが何もなくなってしまいました。
車も仕事用なので手放し、出かけることもなく家にいるという生活。
入院し、大腸ガンと診断されたときには、すでに末期でした。
手術していったんは回復したものの、予想より早く1年半後に再発し、再入院してちょうど1ヶ月後に、逝ってしまいました。
私自身が「うつ」状態になったのは、その数ヶ月前のこと。
最初の1ヶ月は明け方まで寝付けないほどの不眠、次の1ヶ月はいくら寝ても眠いという状態。
注意力低下で約束の時間を間違えたり、些細なことすら決断できないので、当然ですが仕事もうまくいきません。
家事もまったくやる気がしなくなり、洗濯物を溜め込み食事はコンビニ弁当で一日一食。
一日中、将来への不安や「なんで自分は…」という気もちに襲われ、ことあるごとに泣いたり怒り散らしたりしていました。
こうなった原因は、今にして思えば、経営の将来が見えないことから来る不安感にありました。
これらの経験から私は「人間は、イヤなことをしたり悩んだりすると病気になり、何もやることがなくなったら、死ぬ」と知りました。
経営の将来。自分でコントロールしたいじゃないですか
私が病気になったのと、父が亡くなったのと。
根本の原因は同じでした。
下請仕事をしていたこと。
そのため自分で経営をコントロールできず、将来を見渡すこともできないということ。
将来が見渡せないと、生きる意味や目的を失い、最終的には死に至ります。
2002年4月に起業してからほぼ1年の間、コンサルタント会社の下請仕事が
私の仕事のほとんどを占めていました。
下請だと、何もしなくても仕事が降ってくるのですから、こんなラクなことはありません。
でもその状況に甘えていると、いつかしっぺ返しを食らいます。
2003年に入って、その会社の社員の1人が倒れたため、その人の仕事が全部私に回ってきて一時的に儲かるようにはなったのですが、その状況が数ヶ月後に終わることは、見えていました。
抱えていたプロジェクトが終わり、新しい仕事も来ず、挙げ句の果て、2003年5月には「月間売上0円」を記録したのです。
下請仕事は、何一つ、自分でコントロールできません。
仕事内容、仕事の数や量、価格、納期・スケジュール…。
それでは、経営目標や計画など立てられようがありません。
今の仕事をただこなすだけで、将来が見渡せないのです。
将来不安から病気になったのは、必然といえます。
元請は、環境や状況が変わったら、蛇口を閉めるように、簡単に発注を止めてしまいます。
向こうも悪気があるわけではないし、申し訳ないとさえ思ってくれます。
でもしかたない。
環境が変わり、不況になったのですから。
状況が変わり、他に仕事をさせる先ができたわけですから。
私はそれから、手当たり次第にいろんな対策を講じました。
セミナーや勉強会を開催したり、ニューズレターを作って知り合いに発送したり、勉強会を主宰されている方にお願いして、講師として呼んでもらったり。
とある会報に2万円使って広告を出して、反応まったくなし、という苦い経験もしました。
主催セミナーに1人も応募がなく、中止に追い込まれたこともありました。
めくらめっぽうやってみる。
文字通り「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」です。
もしも、ランチェスター戦略で導いてくれる「コーチ」がいたら…
なんとかやっていけるようになった2004年10月、ランチェスター戦略と出会ったのです。
そして、私がこれまでやっていたことは、戦略なき「なりゆき経営」だったと気がつきました。
運を天に任せる下請依存経営も、下手な鉄砲も…という思いつき経営も、戦略がない、なりゆき経営であることは同じです。
「脱・下請」をめざして必死でやってきた結果、うまくいってはいましたが、それはしょせん「たまたま」うまくいっただけだったのです。
「たまたま」ですから長続きはしません。
いつまた、もとに戻るかもしれないのです。
案の定、2005年に入って、大口の契約が終了し、一気に売上は3割もダウンしました。
もとの売上に戻るまでには、かなりの時間を要したわけですが、今度は、下請に頼りながら「そのうち切られる時が来る…」と不安がっていた頃と違い、私の中には、不安はまったくありませんでした。
今度はしっかりした柱、ぶれることのない核を手にしていたからです。
もしもあの頃に、不安から「うつ」にまでなってしまったあの頃に「ランチェスター戦略」と出会っていたら…。
「コーチ」としてだけではなく、正しい経営戦略理論にもとづいて、アドバイスしてくれる人がいたら…。
(その頃も、日本トップクラスの「コーチ」をつけていましたが、経営不安からくる「うつ」には、一般的なコーチングはまったく無力でした。)
あなたには、そんな苦しい経験を、して欲しくないのです。
経営不安から「うつ」になるなんて、もう、私で終わりにしたいのです。
そんな思いから、中小企業の経営者に的を絞って、コーチング手法を用い対話し、ランチェスター戦略をベースに、マーケティング理論と自社の実践によって検証した独自の営業戦略体系「草食系マーケティング」にもとづきアドバイスするコンサルティングサービスを作り上げました。
あなたが、かつての私のような状態になる前に(ひょっとしたら、もうなっているでしょうか?)私のところへ来られて、本当によかったと思います。
私には、経営についてアドバイスしてくれる人はいませんでしたが、あなたには、私がいるからです。
私はあなたに、経営をコントロールできるようになってもらい、経営者としての自信をつけてもらい、家族や社員さんにも幸せになってもらい、あなた自身に幸せになってもらいたい、と思っています。
小さな会社が経営の自己コントロール力を削がれたまま、下請にとどまり、苦しみ、将来への展望を描けず悩んでいる。そんな世の中がいいわけがありません。
以下は、ご夫婦で小さな会社をされている方に私が言ったことばです。
儲けましょう!
儲けて、せめて社長が7〜800万円、給料もらえるようにしましょう。
サラリーマンだって、600万円ぐらいもらっているんですよ。
その上彼らは、退職金や失業の補償がある。
私は、小さな会社の経営者に、負けて欲しくないんです。
社長なんだから社長らしい生活して欲しいんです。
幸せになって欲しいんです。
経営者よりサラリーマンのほうが幸せだなんて
夢がないじゃないですか!
長い文章、読んでくださりありがとうございました。
今度はぜひ、あなたの話もお聞かせください。
1ヶ月間トライアルコンサルティングを受ける
ミネルヴァ経営合同会社代表の上船(うえふね)美和です。

私の父は下請の自営業でした。
型枠大工といって、コンクリートを流し込む型を作るのが仕事です。
事務所はないので、家でよく図面を見ていたのを覚えています。
自営業には、定年がありません。
父は病気らしい病気をしたことがなく、70歳を過ぎてもまだ働いていました。
そんな父が、2003年7月、73歳でこの世を去りました。
仕事がある限り、週2日、3日でも働き続けるつもりでしたが、建設不況で、ぱったりと仕事が来なくなりました。
親方は仕事があれば、養う家族を抱えている30〜40代の人に優先的に仕事を回します。父の優先順位は最後です。
芋焼酎を飲むことと、クロスワードパズル雑誌で問題を解くぐらいしかこれといった趣味のない父は、仕事がなくなると、することが何もなくなってしまいました。
車も仕事用なので手放し、出かけることもなく家にいるという生活。
入院し、大腸ガンと診断されたときには、すでに末期でした。
手術していったんは回復したものの、予想より早く1年半後に再発し、再入院してちょうど1ヶ月後に、逝ってしまいました。
私自身が「うつ」状態になったのは、その数ヶ月前のこと。
最初の1ヶ月は明け方まで寝付けないほどの不眠、次の1ヶ月はいくら寝ても眠いという状態。
注意力低下で約束の時間を間違えたり、些細なことすら決断できないので、当然ですが仕事もうまくいきません。
家事もまったくやる気がしなくなり、洗濯物を溜め込み食事はコンビニ弁当で一日一食。
一日中、将来への不安や「なんで自分は…」という気もちに襲われ、ことあるごとに泣いたり怒り散らしたりしていました。
こうなった原因は、今にして思えば、経営の将来が見えないことから来る不安感にありました。
これらの経験から私は「人間は、イヤなことをしたり悩んだりすると病気になり、何もやることがなくなったら、死ぬ」と知りました。
経営の将来。自分でコントロールしたいじゃないですか
私が病気になったのと、父が亡くなったのと。
根本の原因は同じでした。
下請仕事をしていたこと。
そのため自分で経営をコントロールできず、将来を見渡すこともできないということ。
将来が見渡せないと、生きる意味や目的を失い、最終的には死に至ります。
2002年4月に起業してからほぼ1年の間、コンサルタント会社の下請仕事が
私の仕事のほとんどを占めていました。
下請だと、何もしなくても仕事が降ってくるのですから、こんなラクなことはありません。
でもその状況に甘えていると、いつかしっぺ返しを食らいます。
2003年に入って、その会社の社員の1人が倒れたため、その人の仕事が全部私に回ってきて一時的に儲かるようにはなったのですが、その状況が数ヶ月後に終わることは、見えていました。
抱えていたプロジェクトが終わり、新しい仕事も来ず、挙げ句の果て、2003年5月には「月間売上0円」を記録したのです。
下請仕事は、何一つ、自分でコントロールできません。
仕事内容、仕事の数や量、価格、納期・スケジュール…。
それでは、経営目標や計画など立てられようがありません。
今の仕事をただこなすだけで、将来が見渡せないのです。
将来不安から病気になったのは、必然といえます。
元請は、環境や状況が変わったら、蛇口を閉めるように、簡単に発注を止めてしまいます。
向こうも悪気があるわけではないし、申し訳ないとさえ思ってくれます。
でもしかたない。
環境が変わり、不況になったのですから。
状況が変わり、他に仕事をさせる先ができたわけですから。
私はそれから、手当たり次第にいろんな対策を講じました。
セミナーや勉強会を開催したり、ニューズレターを作って知り合いに発送したり、勉強会を主宰されている方にお願いして、講師として呼んでもらったり。
とある会報に2万円使って広告を出して、反応まったくなし、という苦い経験もしました。
主催セミナーに1人も応募がなく、中止に追い込まれたこともありました。
めくらめっぽうやってみる。
文字通り「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」です。
もしも、ランチェスター戦略で導いてくれる「コーチ」がいたら…
なんとかやっていけるようになった2004年10月、ランチェスター戦略と出会ったのです。
そして、私がこれまでやっていたことは、戦略なき「なりゆき経営」だったと気がつきました。
運を天に任せる下請依存経営も、下手な鉄砲も…という思いつき経営も、戦略がない、なりゆき経営であることは同じです。
「脱・下請」をめざして必死でやってきた結果、うまくいってはいましたが、それはしょせん「たまたま」うまくいっただけだったのです。
「たまたま」ですから長続きはしません。
いつまた、もとに戻るかもしれないのです。
案の定、2005年に入って、大口の契約が終了し、一気に売上は3割もダウンしました。
もとの売上に戻るまでには、かなりの時間を要したわけですが、今度は、下請に頼りながら「そのうち切られる時が来る…」と不安がっていた頃と違い、私の中には、不安はまったくありませんでした。
今度はしっかりした柱、ぶれることのない核を手にしていたからです。
もしもあの頃に、不安から「うつ」にまでなってしまったあの頃に「ランチェスター戦略」と出会っていたら…。
「コーチ」としてだけではなく、正しい経営戦略理論にもとづいて、アドバイスしてくれる人がいたら…。
(その頃も、日本トップクラスの「コーチ」をつけていましたが、経営不安からくる「うつ」には、一般的なコーチングはまったく無力でした。)
あなたには、そんな苦しい経験を、して欲しくないのです。
経営不安から「うつ」になるなんて、もう、私で終わりにしたいのです。
そんな思いから、中小企業の経営者に的を絞って、コーチング手法を用い対話し、ランチェスター戦略をベースに、マーケティング理論と自社の実践によって検証した独自の営業戦略体系「草食系マーケティング」にもとづきアドバイスするコンサルティングサービスを作り上げました。
あなたが、かつての私のような状態になる前に(ひょっとしたら、もうなっているでしょうか?)私のところへ来られて、本当によかったと思います。
私には、経営についてアドバイスしてくれる人はいませんでしたが、あなたには、私がいるからです。
私はあなたに、経営をコントロールできるようになってもらい、経営者としての自信をつけてもらい、家族や社員さんにも幸せになってもらい、あなた自身に幸せになってもらいたい、と思っています。
小さな会社が経営の自己コントロール力を削がれたまま、下請にとどまり、苦しみ、将来への展望を描けず悩んでいる。そんな世の中がいいわけがありません。
以下は、ご夫婦で小さな会社をされている方に私が言ったことばです。
儲けましょう!
儲けて、せめて社長が7〜800万円、給料もらえるようにしましょう。
サラリーマンだって、600万円ぐらいもらっているんですよ。
その上彼らは、退職金や失業の補償がある。
私は、小さな会社の経営者に、負けて欲しくないんです。
社長なんだから社長らしい生活して欲しいんです。
幸せになって欲しいんです。
経営者よりサラリーマンのほうが幸せだなんて
夢がないじゃないですか!
長い文章、読んでくださりありがとうございました。
今度はぜひ、あなたの話もお聞かせください。
1ヶ月間トライアルコンサルティングを受ける
上船美和略歴
| 略歴 | 大阪府豊中市在住。中小企業診断士(平成10年度登録) 都市計画コンサルタント、食品流通会社を経て、中小企業診断士資格取得後、経営コンサルタント会社に勤務。中小企業の経営戦略・経営計画策定や人事制度構築サポートに従事。 2002年4月、C&Cマネジメント創業。2004年11月、大阪市中央区南船場に事務所移転。2010年12月、ミネルヴァ経営合同会社設立。 国際コーチ連盟認定コーチ養成プログラムであるCTP(コーチトレーニングプログラム)を2000年4月から3年間学ぶ。また、国際コーチ連盟の日本でのチャプター(支部)である日本コーチ協会において大阪チャプター(支部)元副代表を務めた。 女性では数少ない、営業戦略を得意とする経営コンサルタントで、「コーチング」の手法で中小企業経営者を1対1で指導している。 経営理念やマインドセット(考え方)から、ターゲットと魅力(ウリ)の明確化、営業ストーリー作りといった営業戦略構築、さらにホームページや広告など営業ツールの作り方出し方までの、幅広く、かつきめ細かいアドバイスが特徴。 web営業にも造詣が深く、ホームページ制作も手がけている。 2010年には、こちらで営業マンを用意して新規顧客開拓や顧客回りに当たらせる営業代行事業を開始した。 商工会議所・商工会・各種団体・企業での経営戦略・営業戦略、web営業に関する講演依頼も多く、親しみやすい語り口と分かりやすい内容の講演が、好評を得ている。 |
| 資格 | 中小企業診断士(平成10年度登録) |
| 所属団体 | 大阪府中小企業家同友会(北支部元副支部長) 大阪商工会議所 |
| 公職 | 独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援アドバイザー ひょうご中小企業活性化センター経営診断等専門家派遣事業登録コンサルタント |
| ニックネーム | みわっち |
| 趣味 | スイミング、フィットネス・トレーニング、映画、テレビ、カラオケ、お酒(日本酒) |
| スター | チョウ・ユンファ(香港の俳優) |
| ファン | 阪神タイガース |
| 性格 | 頼れるけど癒し系、単細胞の武闘派なのに知力重視、仕切り屋だが世話焼き、アイデア考えるがコツコツは苦手、独りが平気だけど人と話すのが好き |
| モットー | バット振らな当たらへんで!! |
| 座右の銘 | 犬も歩けば棒に当たる、即断即決即行動 |
| ライフワーク | まじめに頑張っている中小企業を支援する ワーキング(シングル)マザーを支援する |
| and more… | とても長いんだけどかなり短くしたプロフィール 1990 こんな私でも即採用してくれた有機野菜・食品の卸・宅配会社に入社 1995 このままじゃいかんと思い、中小企業診断士の勉強を始める 1997 2年半の勉強の末、中小企業診断士(商業部門)合格 1998 数社不採用の末、中小企業専門の小さな経営コンサルタント会社に入社 2000 コーチングを新規事業にできないかとの色気で、CTP(コーチトレーニングプログラム)を学び始める 2002 C&Cマネジメント創業、でも下請に甘んじる 2003 「うつ」状態になり月売上0円を記録。そこから直請け仕事でV字回復 2004 ランチェスター戦略を学び「小さな会社の社長さんの“社外相談役”」をキャッチフレーズに 2009 「一緒に育てる売上アップホームページ制作《選客VAN!来》」事業を開始 2010 「草食系マーケティング」を提唱し始める。営業代行事業を開始。ミネルヴァ経営合同会社を設立 |
2011/12/16

